【特別講義 第15回】神経幹細胞を培養する

細胞培養 特別講義 第15回の講師は、順天堂大学大学院 医学研究科 ゲノム・再生医療センター特任教授の赤松和土先生です。

当ブログでは、先生の研究テーマである「ヒトiPS細胞を用いた神経疾患の病態解析」に向けて、神経幹細胞の培養方法からヒトES/iPS細胞から誘導した神経幹細胞の応用まで、幅広くご紹介いただきます。

■ 講師紹介ページ:順天堂大学 赤松 和土 先生

“神経幹細胞を培養する”

順天堂大学大学院 医学研究科
ゲノム・再生医療センター 特任教授
赤松 和土 先生

 神経幹細胞は自己複製能と多分化能を持ち、中枢神経系を構成するニューロン(神経細胞)、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを生み出す能力がある細胞で、マウスでは胎生期の脳では7.5-8.5日目頃から単離して培養することが可能である(文献1)。胎生早期の神経幹細胞は主としてニューロンを生み出し、発生が進むにつれてグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を生み出す能力を獲得する。神経幹細胞は胎生期には脳室周囲の脳室帯(ventricular zone)といわれる脳室を取り囲む最表層の細胞に存在すると考えられている。その後成体になると神経幹細胞は脳室下帯(subventricular zone)もしくは上衣下層(subependymal layer)と呼ばれる一段内側の領域に存在するようになることが知られている。

神経幹細胞の培養はニューロスフェア法という方法が1992年に報告され(文献2)、無血清培地中でマウスの線条体から取り出した細胞を自己複製能を利用して浮遊培養で増殖させる方法が確立された。単一の神経幹細胞が増殖して一個の細胞塊であるニューロスフェアが作られるが、その中の全てが神経幹細胞であるわけではなく、数パーセントではないかと考えられている。実際にはニューロスフェアを単一細胞に解離し再度培養を開始すると再度ニューロスフェアを形成し(二次ニューロスフェア)、その数を増やすことが出来るが、実際にはニューロスフェアの形成効率は最初に播種した細胞数の1%以下であり、ニューロスフェア中では多くても数パーセント程度が神経幹細胞であろうと推測されている。

ニューロスフェア法で用いる無血清培地にはプロゲステロン、インスリン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウムなどが含まれ、増殖因子としてFGF-2やEGFを加える。マウス神経幹細胞は一般的にはFGF-2に対する応答性を有しており、成熟するとEGFに対する応答性を獲得する。一方で胎生最初期の神経幹細胞はLIFに反応して増殖することが報告されており(文献1,3)、成熟するとFGF-2に対する反応性を獲得する。ニューロスフェアはこれらの増殖因子を取り除くと、ニューロンやグリア細胞に分化する。ニューロスフェアを単一細胞もしくはそのままの細胞塊の状態で、FGF-2やEGFなどの増殖因子を含まない培地で培養すると、細胞はフラスコやディッシュの底面に接着し神経分化を開始する。これらの細胞の構成成分を解析することにより、そのニューロスフェアを形成した神経幹細胞が持っていた神経分化能力を評価することができる。

 マウス中枢神経系においては胎生14日目頃の大脳基底核原基や大脳皮質、成体の側脳室周囲の組織から初代培養するとニューロスフェアを得ることが出来る。初代のニューロスフェア形成のためにはおおよそ10 cell/μlの細胞密度で前述の培地中に細胞を播種する。約1週間後に肉眼で観察可能なサイズのニューロスフェアが多数形成される。このときに形成されたニューロスフェアの個数は、採取した組織に存在していた神経幹細胞の個数を反映していると考えられている。一方、ニューロスフェアの直径は幹細胞およびそこから分化した増殖能を持つ前駆細胞の分裂能を反映すると考えられている。例えば神経系細胞の細胞死が亢進している変異動物や、神経系の幹細胞/前駆細胞の未分化維持が出来ない変異動物ではこれらの数値は減少する。一方で神経系細胞の分化が遅延し増殖性の細胞の終分化のタイミングが遅れる変異体などではこの数値は増加する。

筆者の解析していた神経系特異的RNA結合蛋白質Huファミリーは神経分化を促進する機能があると考えられていたが(文献4)、ノックアウトマウスで胎生期の脳からニューロスフェアを形成させるとその数が増加していることが明らかになった(文献5)。この結果はHuファミリーが神経分化を促進の方向に働くことを裏付ける結果になった。このノックアウトマウスではこれらのニューロスフェアをFGF-2・EGF非存在下で接着培養で分化誘導すると野生型に比べるとニューロンだけが減少する。すなわちグリア細胞への分化は正常に保たれているがニューロンへの分化が障害されている。これは過剰発現での解析データを裏付ける形になった。このようにニューロスフェア法による神経幹細胞の培養は、細胞を単離し増殖させるだけでなく、中枢神経系の発生に関わる因子の機能解析にも用いることが出来る。

 近年ではヒト神経幹細胞から形成されたニューロスフェアを用いて、ジカウイルスが中枢神経の発生異常を誘起することも示されている(文献6) 。ニューロスフェア法の実際の手順に関しては開発者のWeiss博士らにより方法が公開されているので参照されたい(文献7) 。

 次項ではES/iPS細胞からの神経幹細胞の誘導に関して紹介する予定である。

【文献】

1.        Hitoshi, S. et al. Primitive neural stem cells from the mammalian epiblast differentiate to definitive neural stem cells under the control of Notch signaling. Genes Dev. 18, 1806–11 (2004).

2.        Reynolds, B. A. & Weiss, S. Generation of neurons and astrocytes from isolated cells of the adult mammalian central nervous system. Science (80-. ). 255, 1707–10. (1992).

3.        Akamatsu, W., DeVeale, B., Okano, H., Cooney, A. J. & van der Kooy, D. Suppression of Oct4 by germ cell nuclear factor restricts pluripotency and promotes neural stem cell development in the early neural lineage. J. Neurosci. 29, 2113–2124 (2009).

4.        Akamatsu, W. et al. Mammalian ELAV-like neuronal RNA-binding proteins HuB and HuC promote neuronal development in both the central and the peripheral nervous systems. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 96, 9885–9890 (1999).

5.        Akamatsu, W. et al. The RNA-binding protein HuD regulates neuronal cell identity and maturation. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 102, 4625–4630 (2005).

6.        Garcez, P. P. et al. Zika virus impairs growth in human neurospheres and brain organoids. Science 352, 816–8 (2016).

7.         Chojnacki, A. & Weiss, S. Production of neurons, astrocytes

    and oligodendrocytes from mammalian CNS stem cells. Nat.

          Protoc. 3, 935–940 (2008).

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