【特別講義 第17回】iPS細胞から分化した神経系細胞を用いた再生医療前臨床および疾患モデル研究

講師は前回(細胞培養 特別講義 第16回)に引き続き、順天堂大学の赤松和土先生です。前回は、ES/iPS細胞から神経幹細胞を誘導する方法をご紹介いただきました。

今回は、iPS細胞から誘導した神経幹細胞の応用として、分化した神経幹細胞を用いた再生医療研究および疾患モデルのご紹介をいただきます。

どのような疾患への再生医療研究が始まっているのでしょうか。また疾患モデルを用いてどういった疾患の研究がされているのでしょうか。今後の課題はどういったことなのでしょうか。

大変興味深い内容となっておりますので、ぜひお楽しみください。

■ 講師紹介ページ:順天堂大学 赤松 和土 先生

■ 第15回 神経幹細胞を培養する 
■ 第16回 ES/iPS細胞から神経幹細胞を誘導する

 iPS細胞から分化した神経系細胞を用いた “

再生医療前臨床および疾患モデル研究
順天堂大学大学院 医学研究科 ゲノム・再生医療センター 特任教授
赤松 和土 先生

 2007年に京都大学の山中研究室からヒトiPS細胞の樹立が報告され、成体の体細胞からiPS細胞を誘導することが可能になった。iPS細胞の応用は再生医療と疾患モデル研究に大別されるが、中枢神経系においては生体内の細胞へのアクセスの難しさから、そのどちらにおいてもiPS細胞技術が重要なツールになることが大きく期待された。

 iPS細胞を用いた神経疾患の再生医療として現在のところ国内で患者への細胞移植が計画されている代表的な疾患は、京都大学におけるパーキンソン病と慶應義塾大学における脊髄損傷である。パーキンソン病ではCORINと呼ばれる表面抗原を用いて濃縮したiPS細胞由来ドーパミン神経前駆細胞を霊長類の線条体に移植することにより有効性が報告されているため(文献1)、ほぼ同じ方法を用いて治験の実施が承認されている。脊髄損傷は前稿(細胞培養 特別講義 第16回)で記載した方法でニューロスフェアをヒトiPS細胞から誘導し、霊長類脊髄に移植して運動機能の回復効果があることが示されている(文献2)。iPS細胞を用いた再生医療で重要な課題は、移植細胞の造腫瘍性をいかに低下させ安全な細胞を移植細胞とするかであるが、それぞれの方法で十分な安全性が担保された移植細胞が用いられる。これらの治験および臨床研究は各種の承認を経た後、患者への投与が行われることが期待されている。

iPS細胞を用いた神経疾患モデルの最初の報告として、2008年に報告された最初の疾患iPS 細胞の論文の中にパーキンソン病、ハンチントン病を含むいくつかの神経疾患が含まれている(文献3)。翌2009年には脊髄性筋萎縮症(SMA)患者から樹立したiPS 細胞を脊髄の運動ニューロンに分化誘導し、患者由来細胞が脆弱であるという表現型を確認したと報告された(文献4)。それ以降様々な神経疾患のiPS 細胞モデルが報告されている。

筆者のグループでも国内初めての神経変性疾患iPS細胞モデルであるアルツハイマー病患者由来iPS 細胞におけるアミロイドβ蛋白(Aβ)の構成比の変化を検出した報告に始まり(文献5)5、パーキンソン病、球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、ドラベ症候群(小児難治性てんかん)、統合失調症、白質形成不全、レット症候群、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、滑脳症、CHARGE症候群などの神経疾患の表現型を再現することに成功している。筆者らのこれらの疾患iPS 細胞研究の知見からは、iPS細胞を用いた神経疾患モデル解析において重要な点は、それぞれの疾患における神経系の疾患感受性細胞への分化誘導方法が確立されていることである。

一口に神経細胞といっても時間的・空間的な多様性を有しており、例えばアルツハイマー病であれば大脳皮質、ALSであれば脊髄の運動ニューロンを誘導して解析する必要がある。iPS 細胞から中枢神経系の様々な領域特異性を有する細胞に分化させる方法は単一の部位であれば数多く報告されていたが、同様の方法で複数の部位に誘導させる方法は存在せず、複数の領域にまたがる病変部位を持つ疾患を比較するのが難しかった。

筆者らは前回で解説した方法(細胞培養 特別講義 第16回, 文献6)を改良し、ニューロスフェア形成途中に中枢神経発生の前後軸と背腹軸を決定するWntシグナルとShhシグナルを小分子化合物や組み替えタンパク質で制御することにより、任意の位置情報を有するニューロスフェアを分化誘導する技術を開発した。この方法を用いて、アルツハイマー病・ALSそれぞれの疾患感受性細胞に正確に分化誘導した場合のみ表現型が十分に検出可能であることが明らかになった(文献6)。このような解析において、空間的な変化だけでなく時間的な変化も再現することが重要である。50-60歳で発症する神経変性疾患の表現型を比較的短期間(長くても数十日)の培養で再現できているかという問題は常に議論される問題である。

プロジェリン遺伝子導入やテロメラーゼの阻害などで人為的に老化を誘導する技術も開発されているが、手技が煩雑であり効率が低いのが課題であった。この問題を解決する手段として、筆者らの開発した成熟促進する手法(CTraS法)(文献7)を用いれば、長くても数十日の培養期間で多くの疾患で表現型を再現することが可能であった。しかしながらパーキンソン病におけるシヌクレインの凝集やオリゴデンドロサイトの分化誘導など、この方法を用いても長期の培養が必要になる解析はまだまだ多い。

今後は生理的な加齢変化を遺伝子導入など無く簡便にさらに短期間で再現するような方法の開発が期待され、このような分化誘導方法の改良を中心とした技術革新によって、今後のiPS 細胞疾患モデルは最近報告されたALS(文献8)のように、同一疾患でも遺伝性症例を足がかりに多数の孤発性症例を解析する方向に進むと思われる。

【文献】

  1. Kikuchi, T. et al. Human iPS cell-derived dopaminergic neurons function in a primate Parkinson’s disease model. Nature 548, 592–596 (2017).
  2. Kobayashi, Y. et al. Pre-Evaluated Safe Human iPSC-Derived Neural Stem Cells Promote Functional Recovery after Spinal Cord Injury in Common Marmoset without Tumorigenicity. PLoS One 7, (2012).
  3. Park, I.-H. et al. Disease-specific induced pluripotent stem cells. Cell 134, 877–86 (2008).
  4. Ebert, A. D. et al. Induced pluripotent stem cells from a spinal muscular atrophy patient. Nature 457, 277–80 (2009).
  5. Yagi, T. et al. Modeling familial Alzheimer’s disease with induced pluripotent stem cells. Hum. Mol. Genet. 20, 4530–9 (2011).
  6. Imaizumi, K. et al. Controlling the Regional Identity of hPSC-Derived Neurons to Uncover Neuronal Subtype Specificity of Neurological Disease Phenotypes. Stem Cell Reports 5, (2015).
  7. Fujimori, K. et al. Escape from Pluripotency via Inhibition of TGF-β/BMP and Activation of Wnt Signaling Accelerates Differentiation and Aging in hPSC Progeny Cells. Stem Cell Reports 9, (2017).
  8. Fujimori, K. et al. Modeling sporadic ALS in iPSC-derived motor neurons identifies a potential therapeutic agent. Nat. Med. 24, 1579–1589 (2018).

当社Facebookページをフォローしていただきますと、Kyokutoブログ等の情報をいち早く入手できます。こちらもどうぞご覧ください。

極東製薬工業(株)産業営業所 Facebook ページ

今後読みたい内容等ありましたら、以下のお問合せより、ご意見・ご要望いただけましたら幸いです。

フォームが表示されるまでしばらくお待ち下さい。

恐れ入りますが、しばらくお待ちいただいてもフォームが表示されない場合は、こちらまでお問い合わせください。