【特別講義 第20回】ありふれた「先輩との出会い」

講師は前回(細胞培養 特別講義 第19回)に引き続き、物質・材料研究機構 の谷口彰良先生です。前回は、研究の道に踏み出し、研究の基礎を学ぶことになった「恩師との出会い」のエピソードをご紹介いただきました。

今回は、より身近なロールモデルとなる人物に出会った「先輩との出会い」についてご執筆いただきました。谷口先生は、“ありふれた” と表現されていますが、それぞれとの出会いは非常に貴重なもので、その時に感じたことを実践しようとされているところに、谷口先生のお人柄がにじみ出ているようです。

どうぞ最後まで楽しんでご覧くださいませ。

■ 講師紹介ページ:物質・材料研究機構 谷口 彰良 先生

 ありふれた「先輩との出会い」 “

物質・材料研究機構 グループリーダー
早稲田大学理工学術院 教授
谷口 彰良 先生

「何ですか?この怒鳴り声は!」教授室の前でばったり会った4年生の後輩が驚いて私に聞きました。「今、助手の先生と教授が私の論文について話し合っているところなんだ」。「これが話し合い??」「先輩の論文、大丈夫なんですか?」「え!」私はすごく不安な気持ちになりました。

3年の冬から始めたイムノアッセイの研究は順調に進み、修士1年の夏にはある程度の成果を上げたので、私は喜んでいました。そんな時、助手の先生が「谷口くん、論文を書いて見ないか?英語で」。「え!英語で?」。それは無理だろうとその時思いました。修士の1年生が英語で論文、無理でしょ。私はそう思いました。しかし、先生は「君は科学者になりたいんだろ?論文を英語で書けないと科学者にはなれないよ。論文を書かない科学者は絵を描かない画家みたいなもんだからね」。なるほど・・。何か妙に説得力があったので、英語で論文を書いてみることにしました。

しかし、書きはじめてみるとこれがすごく難しいのです。当たり前です。修士1年の学生がスラスラ論文を書けるわけがありません。それでもやっと「実験と材料」のところだけでも少し書けたので、先生に見てもらいました。助手の先生は丁寧に1文1文添削して、何が間違っているかを教えてくれました。そして先生は「論文を書く難しさは英語の問題ではないよ。ロジックだよ。ロジックがしっかり頭も中でできていれば中学生レベルの英語でも十分書けるはずだよ。」そう教えてくれました。「論文は小難しく書くのではなく、わかりやすく書くことが重要なんだよ。じゃないと多くの人に読んでもらえないよ!」なるほど、私は論文というものは崇高で小難しいものだと思っていましたが、それは間違いでした。不思議なことに、頭の中でロジックが整理されていると、「序論」や「結果と議論」の項も何とか書けるようになりました。

3ヶ月ほどかかって、ようやく論文が完成しました。やったー!という充実感に浸れました。その間は実験を一切せず、論文書きに集中しました。助手の先生も毎日付き合ってくれて、それはそれは丁寧に指導してくれました。私にとってはこの時の先生の指導はその後の研究生活において大切なものになりました。論文作成や学生への指導は今でもこの時の先生の指導を参考にさせてもらっています。この助手の先生は学位を取得したばかりで、27歳でした。23歳だった私にとっては先生というより先輩みたいな感じでした。きっと助手の先生もそう感じていたのではないでしょうか?

その後、完成した論文を教授の先生に見てもらうことになりました。論文を渡して数日後、助手の先生が教授に呼び出されたのでした。私も心配だったので、教授室の前で聞き耳を立てていました。そして、しばらくして怒鳴り合いが聞こえてきたのでした。その後、静かな話し合いが10分程度続いた後、助手の先生は意外にも「笑顔」で教授室から出てきました。

「何の話し合いだったのですか?」私は恐る恐る聞きました。「内容に問題があったのでしょうか?」私は心配でうつむきながら聞きました。「内容は全く問題がなかったよ」じゃー何でそんな怒鳴り合い??私の顔にそんな「はてなマーク」が見えたのでしょう。助手の先生は静かに説明を始めました。

「名前の順番だよ!」「は??」私は何のことかすぐに理解できませんでした。教授の先生は「自分か君を筆頭にして学生は2番目にしなさい」と言ったそうです。助手の先生は「彼は最初から最後まで、自分の力で論文を書いたのだから、彼を筆頭にすべきです!」そう主張してくれたそうです。それでも教授は「君の将来を考えたら君が筆頭になるべきだろ、君もいつまでも助手でいるわけにはいかんだろ!」そう怒鳴ったそうです。しかし助手の先生は「私の将来は私が書いた論文で何とかします。今回は学生の将来を考えてください!」そう怒鳴りかえしたそうです。怒鳴り声の正体はこれだったんです。すると教授はしばらく考え込み「君がそこまで言うならそうしなさい」と静かに言ったそうです。

私はこの話を聞いてびっくりしました。この先生は私のためにこれだけしてくれる人なんだ。私のために教授を怒鳴りつけることができる人なんだ!助手が教授に楯突いて怒鳴る!普通じゃありえません。36年前の話なら尚更です。「論文は研究者にとって大事なものです。論文の筆頭著者は名誉です。君はそれだけの努力をしたのだから筆頭著者になるのは当然です。教授もそれが分かったから同意してくれたんです。」私の目から自然と涙がこぼれ落ちました。学生のためなら教授であろうとも正論をぶつける。なんて素晴らしい先輩なんだ!なんてかっこいいんだ!と思いました。それと同時に、この研究の世界は努力が報われ、正論がまかり通る世界なんだ!そんな思いがこみ上げ、私もいつか「絶対に研究者になるんだ」という意志がいっそう強くなりました。

今でも、私の初めての論文の別刷りを見ると当時のことを思い出します。私も今は学生を指導する立場です。私もこんなかっこいい先輩みたいになれているのかな〜。なれてたらいいな〜。いや、先輩のように指導しよう!今もそう強く自分に言い聞かせています。そんなありふれた先輩との出会い、みなさんにもあるのではないでしょうか?

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