【特別講義 第10回】 腸上皮組織と幹細胞

細胞培養特別講義 第10回講師は、東京医科歯科大学 医歯学総合研究科 消化管先端治療学講座 教授の中村哲也先生です。

■ 講師紹介ページ:東京医科歯科大学 中村哲也 先生

先生は消化管の再生医療研究でご活躍されており、小腸に存在する「小腸上皮幹細胞」、大腸に存在する「大腸上皮幹細胞」を利用した再生医療への取り組みで注目されていらっしゃいます。当ブログでは、先生の研究テーマである消化管(小腸/大腸)の上皮細胞について、その働きにはじまり、体外培養方法の歴史、再生医療の可能性に至るまでを先生の研究活動とともに解説していただく予定です。初回は“腸上皮組織と幹細胞”として寄稿頂きました。是非お楽しみ下さい。

“腸上皮組織と幹細胞”


東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 
消化管先端治療学講座 教授
中村 哲也 先生


 大学の大先輩であり、また、折に触れて声をかけてくださる垣生園子先生のご推薦をいただきましたので、この10年で大きな進歩を遂げた腸上皮培養技術、そしてこれにより飛躍的に進んだ腸上皮研究について紹介させていただこうと思います。

 小腸・大腸は消化・吸収に必須の臓器です。中でも、内腔側に単層に並ぶ上皮細胞は、さまざまな腸の機能に重要な働きを担っています。

 腸上皮は、生体内において入れ替わりが早い、すなわち細胞更新が盛んな組織のひとつとして知られます。食事成分や腸内細菌の産生物には、さまざまな物質が含まれるので、腸上皮は、時には有害であるこれら外来因子から受ける傷害を、長期にわたり残さないために短期で入れ替わるのかもしれません。

 いずれにせよ腸上皮は、この活発な自己再生を継続するために、細胞分化、細胞死および細胞増殖を連動し、調節する精密な機構を備えています。構造的に、小腸だけには絨毛と呼ばれる管腔側突出構造がありますが、小腸・大腸いずれの上皮も陰窩と呼ばれるくぼみ構造を無数に構築します。

 古くから、陰窩底部に腸上皮幹細胞が存在し、これらが活発に自己複製するとともに増殖能の高い細胞群を生み出すと考えられてきました。陰窩底部から管腔側へ移動しながらこれら細胞は増殖能を失うと同時に、吸収上皮、杯細胞、内分泌細胞などへの細胞分化を遂げ、数日以内に管腔内へ脱落します。

 腸上皮の近傍には、陰窩底部から管腔へ向かう軸に沿った濃度勾配、発現勾配を示す分子群が存在し、その作用によって幹細胞を含む上皮細胞群の増殖、分化、移動、細胞死が調節されていると考えられています。このように巧妙な調節をうける腸上皮恒常性維持機構がひとたび破綻すると、無秩序な細胞増殖に特徴づけられる大腸癌などの腫瘍性疾患、あるいは組織傷害後の上皮再生不全など、重大なヒト疾患の病態と関わることが容易に予想されます。したがって古くから、腸上皮細胞の増殖・分化機構をより詳細に明らかにする研究が興味を集めてきました。

 ただ、造血細胞や免疫細胞など、マウスやヒトの個体から採取し培養できる細胞と大きく異なり、腸上皮細胞は培養・維持することが極めて困難とされていました。ですので、ほんの10年前までの腸上皮研究では、上皮細胞の増殖・分化に関わるシグナル伝達や幹細胞の細胞生物学的解析のほとんどは、ヒト大腸癌に由来する細胞株を用いる以外にないという状況にありました。

 この困難な状況を打破し、正常な腸上皮培養を可能とする画期的技術(オルガノイド培養技術)が2009年に確立され、この研究領域に大きな変革を生み出しました。オルガノイド培養技術の詳細は、本シリーズの次回以降に詳しく述べます。

 これら腸上皮培養の前に、オランダ・ヒュブレヒト研究所のHans Cleversらが腸上皮幹細胞の分子マーカーを同定した研究を紹介しようと思います。陰窩底部に存在が予想されてきた腸上皮幹細胞と、これに由来する未熟な細胞の増殖機構には、以前よりWntシグナルが重要であることがわかっていました。

 Clevers研究室のBarkerはこれを利用して2007年、Wntシグナルの標的遺伝子のひとつでG蛋白共役型受容体をコードするLgr5に注目し、小腸・大腸においてLgr5が腸上皮幹細胞に特異的に発現する分子マーカーであることを報告しました(Barker N Nature 2009)。Lgr5陽性細胞は大腸・小腸陰窩底部に限局し、小腸では特にパネート細胞に挟まれるCrypt Base Columnar(CBC)細胞を構成しています。

 Barkerらはさらに、Lgr5遺伝子座に蛍光タンパクEGFPとCreリコンビナーゼ遺伝子を挿入したマウス(Lgr5-EGFP-IRES-creERT2)を作成し、これとRosa26-lacZレポーターマウスを交配し、生まれたマウスにタモキシフェンを投与してリニエージトレーシング実験*もおこないました。その結果、小腸・大腸の両上皮組織において、Lgr5陽性細胞が自己複製能と多分化能をもつ機能的上皮幹細胞であることを明瞭に示しました。

 特定の分子発現を指標に腸上皮幹細胞を同定できることを示したこの研究は、その後の腸上皮研究を加速しました。そして2009年、前述した画期的な技術、正常腸上皮のオルガノイド培養技術が報告されたわけです。ひとつは先のオランダClevers研究室からのSatoらによる研究成果(Sato T Nature 2009)、もうひとつは米国のスタンフォード大のKuoグループからのOotaniらによる研究成果であり(Ootani A Nat Med 2009)、いずれも日本人研究者が中心的貢献をした画期的研究でした。

 次回はこれら研究成果を紹介します。

*リニエージトレーシング実験:目的とする遺伝子を発現している細胞を標識することで、生体内でその細胞を追跡できる手法



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