【主席研究員部屋3】培地の代わりに・・・

培地の代わりに接着剤を作り、容器ごと廃棄した件

 前回でのお約束、今回は失敗話でございます。さて、若かりし頃は知識も含めて経験不足からの笑っちゃうような失敗をしたことが何回かありますね(「今でも時々 やらかしているじゃないの」とか言われそうな気もしますが。

 その失敗はα-リポ酸(チオクト酸)を加えた培地を試作するときにやらかしました。

 さてここで一寸うんちくです。α-リポ酸はエネルギー消費を増大させ1)、脂肪細胞の分化を抑制するため2)、ダイエット向け健康食品の代名詞となっています。もっともα-リポ酸がヒトでダイエットに効果があるという明確な論文はないそうです3)。使ってみるかなと真面目に考えた時期があり、ちょっと残念(そんなものを使うより食べる量を減らしなさいと…)。閑話休題(それはさておき)。

 α-リポ酸はクエン酸回路のピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体の補酵素で、ピルビン酸をアセチルCoA に変換しているなどエネルギー代謝には必須のビタミン様物質です。また、強い抗酸化作用が有り4)、培地中では酸化毒性の中和を目的として添加します。そのため低酸素条件を好む正常組織系細胞や高酸素条件の高密度培養などの培地にはα-リポ酸を加える事が多いです。例えば、基礎培地では MEM-α、Ham F12 なんかに、無血清培地としては弊社の E-RDF 培地や MCDB 系の無血清培地に入っています。まあ、MCDB 系無血清培地は Ham F12 から派生した培地なので入っているのは当然なんですが。

 失敗話に戻りますが、α-リポ酸は脂溶性なので、本来は有機溶媒、例えばエタノールに溶解して培地に加えます。培地では添加量が非常に少ないので、この程度なら水でも溶けるじゃないかと軽く考えて、水に加えてみたところ当然のことながら全く溶けなかった。半日ぐらい撹拌してみたが、やはり溶けない。ムキになって煮ちまえ~とやったところ、溶けるどころか黄色いネトネトになって試験管の底に張り付いてしまった。それはまるで合成ゴム系の接着剤のようだった…。それからは 何をしても試験管底の接着剤は取れることはなかった。

 慌てていろいろ調べてみるとα-リポ酸は加熱により不可逆に重合するとある。始める前に調べておくのが筋ですが、その程度のこともしておかなかった自分の迂闊さにしばらくがっくりと落ち込んだ後、試験管ごと失敗作をガラスのゴミ箱に隠蔽したのである。まあそのおかげで今では後輩たちにα-リポ酸の添加法について得意気に説明できるようになっている。当然、失敗した話はしないが(ブログでばらしてどうすんだか)。

水と油の結婚は

 脂溶性物質添加の失敗談が出てきたところで、うんちく話Part.2。水に混ざらない脂溶性物質をどうやって培地に加えるかという可溶化の話です。色々なやり方はあるのですが、大凡には以下の4つです。

a) 担体などに結合する方法

b) リポソームなどのカプセル化

c) 界面活性剤によるミセル化

d) エステル化する

 溶かしこみたい物質や目的によって方法は異なります。a) や b) などは細胞膜の透過性が上がり、細胞内への移行性が高くなるのでお勧めなんですが、問題点としては培地の保存安定性が悪くなる点です(場合によっては1日でアウトなんてことも有りえます)。また担体は高額なものや安全性に問題があるものも多いです。必須脂肪酸をアルブミンに結合させることなんかはよく行われますね。アルブミンはエンドサイトーシスで細胞内に入り込むので、細胞内取込みの効率が上がります。ですが、無血清培地、特に医薬品生産用培地では生体蛋白質を入れることが御法度なことが多いので、これに代わるものを用意する必要があります。

 c) の界面活性剤を用いる方法は安価で良いのですが、界面活性剤そのものが細胞に影響をあたえることも多いので、影響の少ない界面活性剤と濃度の組合せを細胞ごとに考えなくてはなりませんから結構面倒くさいです。

 d) のエステル化する方法も安価ですが、活性が低くなることが多いです。また、培地中で元の脂溶性物質に戻ってそれこそ元の木阿弥になったりもします。

 各々一長一短ですが、ケース・バイ・ケースで最適な方法を探すのも結構楽しいです。お困りの際は応相談で…(いかん、商売モードに入ってしまった)。まあ 今回はこのへんでお開きとさせて下さい。

【参考文献】

1) Doggrell SA., α-Lipoic acid, an anti-obesity agent?, Expert Opinion on Investigational Drugs, 2004 Dec;13(12)):1641-43

2) Regulating Pro-adipogenic Transcription Factors via Mitogen-activated Protein Kinase Pathways., J Biol Chem, 2003 Sep, 278(37)):34823-33

3) (独)国立健康・栄養研究所 構築グループ, 【話題の食品成分の科学情報:詳細】α-リポ酸の安全性・有効性情報 (痩身効果との関連) (ver.111104), (独)国立健康・栄養研究所ウェブサイト, 2011/11/04, http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail471.html

4) Packer L, Witt EH, Tritschler HJ, α-Lipoic acid as a biological antioxidant., Free Radic Biol Med. 1995 Aug;19(2):227

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